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福井地方裁判所 昭和32年(モ)5000号 決定 1957年12月16日

仮処分債権者 福井マツダモータース株式会社

仮処分債務者 沢田強

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

仮処分債権者代理人は、「福井簡易裁判所昭和三十二年(ト)第二六二号自動車仮処分命令申立事件につき同年十月二十九日為された別紙目録記載の自動車に対する占有移転並に処分禁止仮処分決定に基き執行せられた右自動車を換価しその売得金を供託すべきことを福井地方裁判所執行吏に命ずる、」との旨の裁判を求めると申立て、その理由として、「前記自動車に対する仮処分決定は前記日時執行せられ、現に、福井地方裁判所執行吏高橋勇において保管占有中である。ところで、およそ自動車は年式の新しい方がその交換価値も大きいのであるが右仮処分事件の本案事件の判決のあるまで右執行吏の占有のまま経過するときは、本案訴訟が長びくにつれて右自動車の年式も古くなり、価格も減少し、ついには全く無価値となる虞がある。よつて今直ちにこれを換価し、その売得金を供託せしめる必要があるので本申立に及んだ。」と述べ、疏明として甲第一号証(上申書)、第二号証(自動車仮処分執行調書謄本)、第三号証(仮処分決定謄本)を提出した。

よつて考えるに、仮処分について民事訴訟法第七五〇条第四項の規定の準用があるかどうかについては従来議論の岐れるところである。

しかし、およそ仮差押は金銭的請求権のための強制執行の保全を目的とする制度であるから、そのねらうところは、仮差押物の交換価値である。そこで仮差押執行中に、仮差押物の価値が著しく減少し、または、その貯蔵のために不相応な費用を生ずることがあれば、仮差押の目的は著しく害せられることになる。従つて、できるだけかかる事態の生じないように何等かの手段を備えることが、制度の趣旨にかなうことであるから、民事訴訟法第七五〇条第四項の「然レドモ言々」の規定が設けられたわけである。

ところが、係争物に関する仮処分は、その目的である物それ自体をねらう権利のための強制執行保全の制度であるから、仮処分のねらうところも、係争物自体の現状維持にあつて、その交換価値の維持ではない。それ故に、係争物が仮処分執行中に「著シキ価値ノ減少」または「貯蔵ニ不相応ナル費用ヲ生ズル」ことがあつても、仮処分の目的は害せられない。

であるから民事訴訟法第七五〇条第四項の規定は原則として当然には係争物に関する仮処分には準用がないものと解せられる。唯、例外的に本案訴訟の審理に日時を要する関係から、その日時の経過と共に、仮処分執行当時には現存した目的物が滅失したり毀損したりして、その物自体をねらう権利の客体としての価値を全く失つてしまい、権利の客体を滅失してしまう場合も考えられる。(例えば、仮処分を受けた鮮魚貝類のように、日時の経過と共に鮮魚貝類は完全に腐敗し、全く滅失する虞があり、また同じく伐採木のように、日時の経過と共に腐敗し、ついには木材としての効用を失つてしまうことが考えられる。)このような場合に限つていたずらに仮処分物件の滅失をまつよりもも、予めこれを換価し、仮処分によつてねらつている権利の客体に代るものとして、その換価金を保管しておくことが、当事者によつて有益であると考えられる。それ故に、以上のような場合に限り民事訴訟法第七五〇条第四項は係争物に関する仮処分にも準用せられるものと解するのを相当とする。

ところで、本件は自動車自体の所有権を被保全権利とする係争物に関する仮処分であることは疏甲第一号証、第三号証によつて明らかで、且つその本案事件の審理に日時を要するとしても、その保管責任者の保管の方法さえ適当であるならば、仮処分の目的物としての自動車が滅失してしまうことも考えられないし且つその効用が全く消滅してしまうと言うようなことは到底考えられないのである。それ故に本件のような仮処分を受けた自動車に対しては民事訴訟法第七五〇条第四項の換価命令の規定は準用ないものと言わなければならない。

よつて仮処分債権者の申立を失当と認めてこれを却下することとし、申立費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 神谷敏夫)

目録

福井市宝永下町十八番地 沢田強方 車庫内に在る

車名     マツダ

型式     CFA八二型五三年式

車台番号   五三CFA八二No. 二六〇五四

原動機の型式 CA

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